×
PR

徳川家霊廟はどこにあった?なぜ消えた?現在見られる場所も紹介

徳川家霊廟はどこにあった?なぜ消えた?現在見られる場所を紹介
この記事は約4分で読めます。
スポンサーリンク

2026年9月16日放送のNHK「歴史探偵」を見て、「徳川家霊廟ってどこにあったの?」「あれだけ豪華な建物が、なぜ今は残っていないの?」と気になった人も多いのではないでしょうか。

結論からいうと、徳川家霊廟は主に東京・芝の増上寺上野の寛永寺に築かれました。将軍本人だけでなく、正室や側室、子女など徳川将軍家の人々を弔うための重要な施設でした。

しかし、特に増上寺にあった壮麗な霊廟群の多くは、1945年の東京空襲で焼失しています。現在は、墓所や門、宝塔など一部が残り、当時の面影を伝えています。

スポンサーリンク

徳川家霊廟とは?

徳川家霊廟とは、江戸幕府の将軍やその家族を祀るためにつくられた墓所・宗教施設です。

単なる「お墓」ではなく、拝殿や本殿、門、鐘楼など複数の建物から構成され、当時の最高水準の建築・彫刻・装飾技術が使われていました。

増上寺では、徳川将軍家の霊廟は「御霊屋(おたまや)」とも呼ばれていました。増上寺公式サイトによると、旧徳川将軍家霊廟は大殿の南北に立ち並び、戦前には国宝にも指定されていたとされています。

徳川家霊廟はどこにあった?

徳川将軍家の代表的な菩提寺は、東京・芝の増上寺と、東京・上野の寛永寺です。

増上寺

増上寺には、2代将軍・徳川秀忠、6代・家宣、7代・家継、9代・家重、12代・家慶、14代・家茂の6人の将軍が埋葬されています。

さらに、秀忠の正室・崇源院、14代家茂の正室として知られる和宮などの正室、側室、歴代将軍の子女も多数埋葬されています。

つまり、増上寺の徳川家霊廟は「将軍だけの墓」ではなく、徳川将軍家とその家族のためにつくられた大規模な霊廟群だったということです。

寛永寺

一方、上野の寛永寺にも徳川将軍家の墓所があります。

徳川将軍家は、増上寺と寛永寺を重要な菩提寺として位置づけており、歴代将軍はこの2つの寺院を中心に葬られました。

スポンサーリンク

なぜ徳川家霊廟はこんなに豪華だった?

江戸幕府にとって、将軍は政治の中心となる存在でした。そのため、亡くなった将軍を祀る霊廟も幕府の権威を示す重要な意味を持っていました。

特に徳川家霊廟には、精巧な彫刻や彩色、金箔などが用いられ、寺院建築という枠を超えた豪華さを持っていたといわれています。

文化庁の文化遺産データベースには、7代将軍・徳川家継を祀った「有章院殿霊廟」が紹介されています。そこには二天門、勅額門、拝殿、霊屋、鐘楼などがあり、壮麗な建築だったことが記録されています。

徳川家霊廟はなぜ消えた?

大きな理由は、1945年の空襲です。

増上寺公式サイトによると、1945年3月10日に北側の霊廟が被災し、同年5月25日には南側も空襲を受けました。

その結果、戦前に国宝指定されていた霊廟の多くが焼失しました。わずかに残った建物も、戦後に国宝指定を解除されています。

「なぜ今まで残っていないの?」と不思議に感じますが、老朽化で自然に失われたわけではなく、戦争による被害が非常に大きかったのです。

現在も徳川家霊廟を見ることはできる?

当時の霊廟群をそのまま見ることはできませんが、増上寺では現在も徳川将軍家墓所を見ることができます。

墓所には歴代将軍や正室らの宝塔などが残り、かつてこの場所に壮麗な霊廟が存在していたことを感じられます。

また、増上寺には空襲を免れた三解脱門や黒門などの歴史的建造物も残っています。

東京タワーのすぐ近くにあるため、観光で訪れたことがある人でも、実はその場所が徳川将軍家と深く関わっていることを知らなかった、というケースもありそうです。

スポンサーリンク

「幻の世界遺産」と呼ばれる理由は?

今回のNHK「歴史探偵」では、徳川家霊廟が「東京“幻の世界遺産”」として紹介されています。

もし戦災を免れ、当時の壮麗な霊廟建築がまとまって残っていたら、現在の東京を代表する歴史遺産の一つになっていた可能性も想像できます。

もちろん実際に世界遺産登録されていたという意味ではありませんが、失われた建築群の歴史的・文化的な価値の大きさを表す言葉として、とても印象的です。

まとめ

徳川家霊廟についてまとめると、ポイントは次の通りです。

  • 徳川家霊廟は将軍やその家族を祀る施設だった
  • 代表的な場所は芝の増上寺と上野の寛永寺
  • 増上寺には6人の将軍や正室・側室・子女が埋葬されている
  • 霊廟は当時の最高水準の技術を使った豪華な建築だった
  • 増上寺の霊廟群の多くは1945年の空襲で焼失した
  • 現在も増上寺で徳川将軍家墓所を見ることができる

テレビを見て「こんな建物が東京にあったのか」と驚いた人も多いと思います。

現在の増上寺を訪れると、東京タワーのすぐそばに、江戸時代から続く徳川将軍家の歴史が残っていることがわかります。


参考:
増上寺「境内散歩・徳川将軍家墓所」
増上寺「由来・歴史」
文化庁 文化遺産データベース「有章院殿霊廟」

飲食AI研究所のSNS
KENをフォローする
スポンサーリンク
スポンサーリンク
Uncategorized
スポンサーリンク