2026年9月20日放送の『情熱大陸』に、東京・神田の人気店「ビリヤニ大澤」を営むビリヤニ職人・大澤孝将さんが出演します。
番組紹介で気になるのが、大澤さんの原点として登場する「ビリヤニハウス」という場所です。
名前だけを見ると専門店のようですが、実はビリヤニハウスは飲食店ではありません。
結論からいうと、大澤孝将さんが「毎日ビリヤニを作り、味を研究するため」に立ち上げたシェアハウスです。
しかも、ただ住人同士で食べていただけではなく、30人以上が集まって大皿の炊きたてビリヤニを囲むこともあったそうです。
この記事では、ビリヤニハウスを始めた理由、どんな運営をしていたのか、そして現在の「ビリヤニ大澤」につながるまでを詳しく調べました。
- 大澤孝将さんの「ビリヤニハウス」とは何か
- なぜ普通の店ではなくシェアハウスにしたのか
- 当時どのようにビリヤニを提供していたのか
- ビリヤニハウスで何を研究していたのか
- 現在の「ビリヤニ大澤」につながった経緯
大澤孝将のビリヤニハウスとは?店ではなくシェアハウス
MBS『情熱大陸』の公式プロフィールでは、大澤孝将さんについて、間借りでビリヤニ店を経営した後、毎日ビリヤニを作れる環境にするため「ビリヤニハウス」を立ち上げたと紹介されています。
つまりビリヤニハウスは、一般的なレストランや専門店ではなく、住居とビリヤニ研究の拠点を一体化させた場所でした。
大澤さん本人へのインタビューでは、大きな鍋でビリヤニを炊くためのキッチン設備があり、たくさん作っても同居人がいれば食べてもらえることから、シェアハウスという形を選んだと説明しています。
ビリヤニは大量に炊くほど味を出しやすい料理でもあり、「作りたい量」と「食べてくれる人数」を同時に確保できる環境が必要だったわけです。
なぜ大澤孝将はビリヤニハウスを始めた?
大澤さんは、ビリヤニハウスの前に間借りスタイルでビリヤニ店を営業していました。
しかし当時は、今のようにビリヤニが広く知られていた時代ではありません。大澤さん自身のインタビューでは、ビリヤニ一種類で酒も出さない営業はビジネスとして厳しく、赤字が続いた時期もあったと語られています。
そこで発想を変え、「店として成立させること」より「おいしいビリヤニを作ること」に集中できる環境を選んだのがビリヤニハウスでした。
大澤さんは、シェアハウスなら時間や客単価、回転率などを気にせず、同じレシピを何度も作り込めたと振り返っています。
飲食店なら「何分で提供するか」「いくらで売るか」「満足して帰ってもらえるか」も重要ですが、ビリヤニハウスでは味の研究を最優先にできたわけです。
ビリヤニハウスでは30人以上が集まることも
ビリヤニハウスは、住人だけが食べる閉じた場所ではありませんでした。
大澤さんはFacebookなどで「ビリヤニを炊きます」と告知し、応募してきた人にも提供していたそうです。
HOUYHNHNMのインタビューでは、一軒家のリビングに30人以上が集まり、大皿のビリヤニをみんなで取り分けて食べていた様子が紹介されています。
料金も一般的な飲食店とは違い、別の取材では一人500円ほどの材料費だけを受け取り、ビリヤニを振る舞っていたとされています。
利益を出すことより、より多く作って試し、食べてもらい、次の一鍋を改善することが中心だったことが分かります。
大澤孝将がビリヤニにハマったきっかけは20歳のインド旅行
大澤孝将さんは1989年、長野県生まれです。
20歳のときにインドを訪れ、そこで初めて本場のビリヤニと出会いました。
本人のインタビューによると、最初からビリヤニを目的にインドへ行ったわけではなく、街中で「ビリヤニ」という看板を見つけて注文したのがきっかけだったそうです。
そこで食べた炊き込みご飯のような料理に衝撃を受け、その後ビリヤニの研究を始めました。
『情熱大陸』では、まだ日本で「ビリヤニ」という言葉が現在ほど知られていなかった15年以上前から、その魅力を広めてきた第一人者として紹介されています。
ビリヤニハウスは「研究所」のような場所だった
ビリヤニハウスを調べていくと、単なるシェアハウスというより、大澤さんにとって実験と研究を繰り返す“ビリヤニ研究所”のような場所だったことが分かります。
同じレシピを何度も作り、鍋の大きさ、米と肉のバランス、火入れ、香り、食感などを調整していく。
大澤さんは現在もビリヤニを科学的に分析しながら「究極のビリヤニ」を追求していますが、その姿勢の土台がビリヤニハウス時代に作られたと考えると分かりやすいです。
実際に当時のビリヤニを食べた人からも、普通の家庭用キッチンで本格的な工程を行っていたことへの驚きが語られています。
ビリヤニハウスから現在の「ビリヤニ大澤」へ
ビリヤニハウスで研究を重ねた大澤さんは、その後さらに経験を積み、2021年8月に東京・神田で「ビリヤニ大澤」をオープンしました。
現在の店も、ビリヤニハウス時代と共通する考え方があります。
ビリヤニ大澤は完全予約制で、一斉スタート。公式サイトでは「最もおいしい状態を追求した結果、大量調理の炊きたてという結論に達した」と説明されています。
一人分ずつ注文を受けてから作るのではなく、決まった人数分をまとめて炊き、最もおいしいタイミングで一斉に提供するスタイルです。
これは、ビリヤニハウスで大鍋を囲んでいた時代の考え方にもつながっています。
ビリヤニ大澤の現在
| 店名 | ビリヤニ大澤 |
|---|---|
| 場所 | 東京都千代田区内神田1丁目15-12 サトウビルB1F |
| 席数 | カウンター10席 |
| 営業 | 完全予約制・不定休 |
| 主なメニュー | マトンビリヤニ、チキンビリヤニなど |
| 評価 | ミシュランガイド東京2026 ビブグルマン |
公式サイトでは曜日ごとに原則1種類のビリヤニを提供し、季節によってオマール海老、上海蟹、牡蠣などを使ったビリヤニも作ると案内されています。
大澤孝将のビリヤニを家で作る方法はある?
「情熱大陸を見て、大澤さんのビリヤニを食べてみたい」と思っても、ビリヤニ大澤は完全予約制の人気店です。
一方で、大澤さんは家庭向けのレシピも発信しており、レシピ本『「ビリヤニ大澤」のフライパンビリヤニ』も出版しています。
J-WAVEでは、大澤さん本人が家庭のフライパンで作れるビリヤニのレシピを紹介したこともあります。
お店の予約が取れない場合でも、まず家庭でビリヤニ作りに挑戦してみるのも面白そうですね。
情熱大陸ではビリヤニハウスとインド・ムンバイにも密着
9月20日の『情熱大陸』では、現在の店だけでなく、クッキングスクール、原点であるビリヤニハウス、さらにインド・ムンバイの高級レストラン「Indian Accent」でビリヤニを振る舞う様子にも密着します。
日本でビリヤニを研究してきた大澤さんが、本場インドのトップレストランでどんな一皿を作るのかも見どころです。
Indian Accentについてはこちらの記事で詳しくまとめています。
大澤孝将がIndian Accentでビリヤニ!ムンバイ高級店はどんな店?
大澤孝将とビリヤニハウスの流れを時系列で整理
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 20歳 | インドで初めてビリヤニと出会い衝撃を受ける |
| その後 | 間借りでビリヤニ店を営業 |
| ビリヤニハウス時代 | 毎日ビリヤニを作り研究するためシェアハウスを立ち上げる |
| 2021年8月 | 東京・神田に「ビリヤニ大澤」をオープン |
| 2026年 | ミシュランガイド東京2026ビブグルマン、情熱大陸出演 |
大澤孝将のビリヤニハウスについてよくある疑問
ビリヤニハウスはお店だった?
いいえ。飲食店ではなく、大澤さんがビリヤニを研究するために作ったシェアハウスです。外部から参加者を募り、材料費程度でビリヤニを振る舞うこともありました。
なぜシェアハウスにしたの?
ビリヤニは大鍋で大量に炊くことでおいしさを引き出しやすく、大量に作れば食べてくれる人も必要になります。設備と人数の両方を確保できる形として、シェアハウスが適していたためです。
ビリヤニハウスは現在もある?
現在、大澤さんの活動の中心として公式に案内されているのは東京・神田の「ビリヤニ大澤」です。ビリヤニハウスは、大澤さんの現在の店につながる過去の研究拠点・原点として紹介されています。
情熱大陸・大澤孝将回の放送日時
| 番組 | 情熱大陸 |
|---|---|
| 放送日 | 2026年9月20日(日) |
| 放送時間 | 23:00〜 |
| 出演 | 大澤孝将(ビリヤニ職人) |
まとめ|ビリヤニハウスは大澤孝将の原点となった研究拠点
大澤孝将さんの「ビリヤニハウス」について調べました。
- ビリヤニハウスは飲食店ではなくシェアハウス
- 毎日ビリヤニを作り、味を研究するために立ち上げた
- 30人以上が大皿のビリヤニを囲むこともあった
- 材料費程度で参加者に振る舞い、味の研究を最優先していた
- そこで培った大量調理・炊きたて重視の考え方が現在の「ビリヤニ大澤」にもつながっている
「毎日ビリヤニを作りたいからシェアハウスを作る」という発想だけでも、大澤さんのビリヤニへの熱量が伝わってきます。
『情熱大陸』では、その原点から現在、そして本場インドでの挑戦まで、どこまで深く描かれるのか注目です。
参考:MBS『情熱大陸』大澤孝将回/ビリヤニ大澤 公式サイト/HOUYHNHNM 大澤孝将インタビュー/MIMOSA MAGAZINE 大澤孝将インタビュー/クックパッドニュース 大澤孝将インタビュー